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2012年2月22日水曜日

職種:エイズ対策。

16日はHAPA(HIV Aids Progress Assembry)の会議に参加した。

ケニアにいるエイズ対策関連隊員(現在は13名)が一堂に会して、
自分たちの興味のある内容について勉強会を行ったり、外部に発信したりする機会で、
今までこのブログではエイズ会議として紹介してきた。

その理由はHAPAが何の頭文字だったのかをいちいち調べるのが面倒だったことに他ない。
今回は最後ということで書き記しておこうという意味で・・・。

22年度1次隊である私たちの派遣後に第1回として始まったHAPAは、
その回ごとに委員長・副委員長を隊次毎に務め、その内容も開催時期も隊員主導で決めることができ、
3~4カ月に1回の開催を経て、今回で第7回目を迎えた。

大統領選暴動後に大型派遣されたケニアのエイズ対策関連は当初19名。

ひとつの国にエイズ対策隊員が19名もいる状態というのは、おそらく他国にはないと思う。

今の時期は次回大統領選後に向けて、大型派遣の隊員要請が一気に出ている時期であるが、
そのバタバタとした動きをみていると数の多さで要請そのものへのリサーチが不足していることは否めない。
この期に及んで悲観的になどならないが、
3~4年ほど前にそうやって自分の要請も出てきたんだなぁとしみじみ思う。

「そんなエイズ対策隊員の活動内容って何?」

そう聞かれて一言で表現できる言葉があったら是非教えて欲しい。

私の記憶では確か要請票に記載されていた内容はコピペでみんな統一されていたのだが・・・、
その実際の活動はというと、HIV/AIDSに特化せずに、活動場所・対象・内容は多岐に渡りまくっていて、
第1回のHAPAで初めて先輩隊員14名の活動発表を聞いた時は、
「とにかく何でもやってみろってことやなぁ。」と、この職種の厳しさと可能性の広さを感じた。


「大人数を活かしてケニアのHIV/AIDS界にインパクトをもたせよう。」と、
同じ想いを共有できるHAPAの仲間たちと仕掛けてきたことは、
変化を起こすという点でとてもエネルギーのいることで、
結局その効果があったのかは定かではないけれど、
それでもタネをまかずには前に進めんやんという気持ちでやってきた。

そして「やってみたんだから、それでいいじゃん」と楽観的なままでは、
見るべきものを見失うことがわかっているメンバーのおかげで
HAPAではフィードバックする機会も多くあり、自分にとってはとても貴重な場所だった。



今までHAPAのメンバーや同期隊員で議論してきたことが、
ケニアのNASCOP(エイズ国家対策)の専門家が挙げる課題と幾度もかぶる。

そんな時、同じ時代に同じ国にいて同じ分野で自分が模索しながらたどってきた道筋は
そこそこイイ線いってたのかなぁ、と感じたり。
そこまできてようやく自分の活動に少し安心感がもてるというほど、方向性が見えない職種でもある。


今回のHAPAとして有意義だった点は、HAPA資料集なるものを形に出来たこと。

今までメンバーが作成・使用した多くの資料やマテリアルがたーっぷり詰まっている。

現地に入るとその場の感覚が最も大事だけど、国内訓練所にいるときだったら是非欲しかった資料集。

ということで、ケニアの後輩隊員だけでなく、世界に派遣されるエイズ対策隊員の目の触れるところにと
二本松と駒ケ根のJICA訓練所にも送ることになった。

少ない教材を使いまわしていたエイズ対策の英語担当のジョンもきっと喜んでくれるだろう。



ジョン元気かな?

「便りのないのはよい便り」ってことわざ知ってるかな?

私は元気です。

HAPA懇親会はみんなが大好きなエチオピア料理。
帰国隊員は最後に一言ずつ。

私の列、4人全員目をつぶっている奇跡の一枚。

両脇の2人寝てないよね!?私話してますけど~。



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