2011年12月22日木曜日

2011年締め。

予防啓発活動と称しまして、

クリスマスに「アフリカのてっぺんで恋人たちにコンドーム使用を叫ぶキャンペーン」に

本日から出発します。

その後、「クリスマスが1月7日にやってくる」という不思議な国に移動。

そのため、1月中旬までブログをお休みします。


今年も人生で初めて出会う「理解を超えてくるような価値観」と多く触れ合いました。

理解を超えて涙も出ない心境。

整理できないままのことがこんなにもあるなんて、本当にありがたいことです。


そして、ふと何事もなかった様な今日一日を振り返ってみても、

マタツのコンダクターに飲食店のお姉さんに、手を差し伸べてくれたケニアの人々に・・・と、

実は突っ込みどころ満載。

何も変化していないように思える自分自身も、

ケニアでの生活が日常になってるんだなぁと感じます。


2012年は残りのケニア生活と、ケニア生活を経てからの日本の生活が始まる

これもまた初めての楽しみな一年。


動くたびに自分の未熟さを感じるわけですが、

それでも動いてその一歩前に這い出ていけるような自分でありたいと思います。



いつもブログを読んでいただき本当にありがとうございます。

皆さんもよいどうぞ新年をお迎えください。












2011年12月20日火曜日

過渡期に思うこと。

「ケニアでの生活も残り3か月かぁ。」とはよく思うが、
その前に2011年が残り11日しかないことに先程気づき少々焦る。

が、しかし。
年内中にやっておかねばならない多くのことも、日本の場合と違ってそんなにないかということにもすぐ気づく。

先週1週間はエイズ対策会議やKESTES(ケニア奨学生制度)会議、
クワヘリパーティーなどに参加するためナイロビに滞在していた。
どの会議でも提案する側に回ることが多くなり、自分がすでに帰国間際であることを実感する。

現在のケニア隊は前回の大統領選挙後の暴動以降に大型派遣されたとあって、
約90名中60名がこの半年以内に任期を終える。
帰国まで3か月の私が、「私、まだ新入りなので。」と錯覚するほど、いまだに先輩隊員が圧倒的に多い。
また、来年の大統領選挙の暴動を懸念して隊員をいったん減らす傾向にあるため、新隊員も少しずつしか来ない。

今回のエイズ対策隊員会議では、方向性が自由なゆえの難しさがあるこの業種について、
14名の関連隊員が今後の隊員要請に関するJICA側への希望も含め、
各自が作ってきた活動の報告やマテリアルなどの保存・紹介方法についても話し合った。
ちなみにこの14名中後輩にあたる隊員は、たったのひとり。

活動の中で自身が「ああでもない。こうでもない。」と模索しながら進めていく過程はとても大事である。

しかし新旧の隊員間で情報や技術を共有し、引き継ぐことの利点や、
そうすることよって大幅に縮小できる部分もかなりあると実感している。

自分では思いもつかない仲間のアイデアや成功も失敗も、あつかましい位にすべて頂戴して、
自分の経験としてそのさらに次に進めていかないと、2年という限られた期間の中で
結局、同じ悩みを持ち、同じところに行きつき、同じ様な手立てを講じて、
同じ頃に帰国を迎えるというサイクルを抜けられない。

もちろんその経験の数々が需要のない所に押し付けがましく入り込んでくる様な、
次の隊員の活動の妨げになるものであってはならない。

あったらいいなが、そこにある。
自己流にアレンジしてさらによいもモノが生まれる。

そうやって求めた時にすぐに手の届く位置に大きな宝庫があるという理想が出来ればと、最近よく思う。

2011年12月19日月曜日

次回は私たちの番。

昨夜は、21年度3次隊の先輩隊員たちのクワヘリ(さよなら)パーティーだった。

正月とお盆が一度に来たような
豪華メニュー。
どんな日本食料理店にも勝る
日本人の作るこの料理のおいしさ。
開始早々、とりあえず一気に日本食に群がる協力隊。

ここまでくると、家族のように親しんだ先輩方の多いこと多いこと。
芸達者もゾロゾロ登場



サンタ帽をかぶっているのが今回の帰国隊員のみなさん
クワヘリパーティーとはいえ、毎回涙なしのお笑い満載がケニア隊流。

帰国隊員から素敵な衣装を
譲り受けてはしゃぐ隊員たち。
こちらはグリーンの衣装を獲得して
ご満悦。
日本の年末を思い出すイルミネーション!
細部まで手の込んだ仕掛けでムード満点。
今回も笑い所満載の楽しい会だった。


私たちのたった半年前にケニアに赴任していた先輩方が、

すでにケニアのことを何でも知り、頼もしいベテラン隊員に見えた赴任当初。

結局、先輩方は最後まで、その背中で色んな方向性を指し示してくれた。

彼らの存在には本当に感謝している。


さて、3か月後はいよいよ私の番だ。

ここからがあっという間。

延長を決めている多くの先輩方と同期仲間に見守られる不思議な状況の中で

2年前から決まっていたその日は必ずやってくる。


笑顔の中で私の心は何を振り返り、何を想うのか。

それも楽しみである。

残り3か月も張り切ってまいりましょうか。


2011年12月17日土曜日

ツァボ国立公園。

3連休だった先週末はツァボ国立公園に行った。

この国立公園イメージしていたのは一面に乾燥したサバンナ地帯。

しかし、実際は長い雨季から明けた緑の生い茂る景色が広がっていた。

この国立公園特有の赤土の大地に住む赤ゾウも、タテガミのないライオンも
茂みの奥に少しでも入り込めばすぐに見失う。

そのため車中からじっと目を凝らし続けた3日間。




難易度が高いだけに動物を発見できた時の感動は格別だった。

くっきり晴れた空の青と、みずみずしい木々の緑、赤土で泥浴びをした象の赤。

夜空に浮かんだ月食のお月さんが見る見るうちに満ちていく。

12月10日の夜空
日本を思い出すムジマスプリング
 広がる絶景。

遠くの空に浮かぶ雪山発見・・・あれは・・・もしや!?


それは、ツァボ国立公園から滅多に見られないという
アフリカ大陸最高峰の山、キリマンジャロだった。


あれが、キリマンジャロか・・・。

同時に強い動悸と息切れがした。
雪、、、溶けろ~。

ストライキその後。

皆さん、お久しぶりです。
ここ最近、胃の消化能力の激しい衰えを感じている以外、私は元気にやっております。

前回お伝えしたドクターズ・ストライキは以前決着がつかないまま、
政府からの譲歩案で一旦通常業務に戻るとのこと。

しかし、現場の医師の基本給が月16,000~60,000KSH
(聞く人によって様々だが日本円で13,000~55,000円ほど)と聞くと絶句するのも事実。

ストライキの見方も変わる。

今月行われたエイズ国際会議《International Conference on AIDS and STI’s in Africa (ICASA)》でも
ケニアで行われたNational Human Resources for Health Conferenceでも
フリカ諸国からの医者の流出が問題になっている。


会議の参加者に理想イメージを映像化したビデオを見せてもらった。
華々しく世界に飛び出した医師たちが、村に戻り多くの人々の生活を支えていくアニメーション。


一度、世界の医療技術・医療機器レベルを知った医師が電気のない村に戻る構図は、
想像しがたいものがあった。

2011年12月6日火曜日

ドクターズ・ストライキ。

ビックリした。

ケニヤ内の公立病院の医師が昨日からストライキにはいっている。

2日目となった今日も病院には人がほとんどいない状態で、
看護師さんや医学生たちが完全に暇を持て余していた。
ぐったりした患者がベンチで寝ている。

想像通りの結果が広がっていた今日の病院内。

院長は来ていたが、患者に直接かかわる医者はみんなちゃんと来ていない。流れに逆らうことなく。
医師たちの強い団結力というかまとまりを、ここにきて初めて見せつけられている気がする。

うっかり通勤してしまうというようなこともなく、
しっかりというか、寸分の狂いなく情報が末端まで行き届いている。

このすんばらしい情報網、他に活かせないものだろうか。


教師のストライキの時もどうかと思ったが、医者のストライキなんてあっていいものか。

政府に給料の300%支払いを要求している模様で、これがいつ解けるのかもわからない。

確かに安月給ではあるけれど、自分達の行動が引き起こす事態など容易に想像できるはず。

数ある職業の中から医者を志した人々の行動なのでしょうか。


私立病院に行く経済力のない人々は、たまたま『運悪く』死を迎える。

新聞にはすでに「ストライキにより患者死亡」という文字が並んでいる。


お金があれば助かる命と、お金がないから助からない命。

世界の縮図のように明暗分かれる、クリスマス前のここケニア。





サッカーイベントinニャフルル。


週末はこのブログでもたびたび紹介している同期のヨーコ隊員の任地のサッカーイベントに参加した。
前回のエイズ講座以来の2回目の訪問ということで、サッカーはガチンコ勝負ということもあり、
私は観戦&ステッカー貼りの目的で前日のキスムから移動。

前日の大雨のおかげで水中サッカーとなったが、
サムライジャパンもケニアのちびっ子に負けず
水しぶきをあげながら、
『スポーツに手加減はいらない』というべきか、
大人げもなくというべきか、
日本が圧勝して幕を閉じた。










歌の披露のために来てくれた生徒達
かなりめかし込んでいて、色気があった
歌の披露前の打ち合わせで
皆と確認をするヨーコ隊員
 シューティングゲームやリレー、縄跳び、ヨーコ隊員の配属校の生徒による日本の歌の披露などが
サッカーの休憩時間に盛り込まれていて、間延びもせず見ていて飽きないイベントだった。







現役の小学校教師であるヨーコ隊員が製作したスケジュール表や説明パネル、賞品に昼食に・・・と、
ことあることに登場する手の込んだ準備物に、本当に感心しきりだった。
事前の準備のよさが、当日の進行を大変スムーズにしていた。
彼女のきめ細やかさにはいつも感心させられる。

そして私はその日、日本人参加者たちの荷物の見張り役をした。
これはゴールキーパー以上にかなり重要なポジションであるといっても過言ではない。
ケニアのイベントでは、観客となる関係者以外の出入りが非常に多く、
ふと脱いだ上着や、カバンのポケットに入れておいた貴重品など、本当の本当によくモノが盗まれるのだ。
私を含め、これまでに幾度となく多くの協力隊が被害に遭っている。
出張授業ぶりの再会、名前を覚えていてくれたことに感激
標高2500mを超えているニャフルルの地は、この日もケニアらしからぬ寒さで、
私は多くの仲間が貸してくれたダウンで全身をダルマのように包み込みじっと見守っていた。

そして午後2時半、なんとダルマが俊敏に動いた。

慣れた手つきで、チャックの中に入っていった小さな手をぐっと捻り上げたからだ。
窃盗の現行犯。
その小学3年生くらいの少年が着ていたキレイな服が鮮明に映った。

見つかったときの“ヤバイ”という表情、罪を認めさせているときのオドオドしさ、
そして、しばらくしてケロッとしてまだ会場にいた少年。
殴り飛ばして、警察に突き出すべきだったのだろうか。
あの少年に最も反省させる&再犯を防止するためには、どんな方法が良かったのだろうか・・・。と今も思う。
ちょっと悲しい出来事を載せてしまったけれど、これもケニアの現実として・・・。


さてさて、心配していた天気にも恵まれ、素晴らしいイベントを作り上げた皆さん、泥だらけで頑張った選手の皆さん、本当にお疲れ様でした。
こうやって隊員主催のイベントに出るのも残り少なくなってきたなぁ。

2011年12月5日月曜日

エイズデー国家イベント。

12月1日。ケニア第3の都市といわれるキスムに行ってきた。
朝9時からマタツステージステッカージャックを決行。

スリに遭わない様に、みんなで注意し合いながら
同期隊員3名の大きな協力を得てペタペタ貼ること2時間。

約1,500枚のステッカー貼り&20枚のポスター貼りを達成!!
マタツステージでのケニア人の相手って、本当にエネルギーが必要。
みんな本当に本当にありがとう!

その後イベント会場に向かうと、さすが国家イベント!
7時からのマラソン、8時半から10時ごろまでの大通りパレード
(これにはあの人気キャラクター☆コンドーム星から来たMr.サフィ君も出動!
お茶目でタフなマリ隊員にしか出来ないこの大役!本当におつかれさん!)
10頃から始まったセレモニーの数々で、今まで参加したイベントの比にはならない集客数。
2つの公園が人で埋め尽くされている。

来ると聞いていた首相はドタキャンだったようだが、大勢の来賓客が出席する中、
人気歌手はヒット曲を歌い、多くの団体がポエムやダンスや歌を披露していた。
この日、多くの人々の待ち合わせ場所に
使われたであろうドでかいコンドーム人形
耳慣れた曲を熱唱している歌手
















セクハラの匂いがプンプンしますが
やっぱりみんなの人気者
Mr.サフィー君
10体追加決定!
多くの報道関係者




















そして、会場の至る所にはVCTテントが設置され、そこに並ぶ多くの人々が目に飛び込む。


























そして、各種団体のブースも出展していて、関心するようなマテリアルもたくさん見ることが出来た。

他の団体がどのようなTシャツやポスターを作り、どのようなメッセージを投げかけているかという点も、
私にとって、やはり気になるところ。

どの団体も、多くの人々が注目する工夫を凝らした中に、心にとどまるメッセージが採用されていて嬉しくなった。
みんな、同じ思いで動いている。
新規感染ゼロ・エイズに関連する死亡者ゼロ・差別ゼロ
というスローガン 『Getting to ZERO!!』
女性用コンドームの実演
男性用コンドームの実演
ついにホモセクシャルの領域に
踏み込んだポスター
貼ってくれるところを探すのも大変そうだけど
攻めている感じが好感だった
自分の製作したポスターと
同じようなメッセージを感じる作品


コンドームなしで私に近づかないでね~
オバマ大統領夫妻もHIV検査してますよ~

問題点を挙げるとすれば、こういったイベントに足を運ぶ人々は、元々が興味のある層。

結果としてこれらの素晴らしいポスターは、大方その人たちの職場内に掲示されるのがいいところ。

今回いただいてきた素晴らしいポスターを、出来るだけ多くの人の目に付くところに掲示していきたいと思う。

2011年12月1日木曜日

あなたはHIV陰性であると言いきれますか?

『Are You Sure You are HIV Negative?』

アフリカの人々にだけ質問しているのではない。

日本にいる、世界にいる、あなたにも同じ質問を投げかけたい。

血液検査以外に、HIV感染を知ることは出来ません。

今日は世界エイズデー。

検査は世界中で無料です。

多くの人がHIVを他国や他人事ではなく、自分のこととして捉えるきっかけになることを願って。









気合いを入れて。

現地業務費を申請して発注していたHIV/AIDSステッカーがようやく先週手元に届いた。

製作日数、鬼の14日間!
初めて使用したソフト『イラストレーター』30日間お試し無料!の期間内で何としても仕上げるため、
この道のプロである先輩隊員ピッコロ大魔王様の細部にわたるご指導を仰ぎつつ、徹夜もしつつ、
目の奥に妙な痛みを感じつつPCとにらめっこしながら仕上げたデザイン。

ステッカー&ポスター 合計5,500枚。

高性能なイラストレーターだけに特に時間をかけてこだわり抜いた超繊細な色彩は、
ケニアンクオリティの前には全く意味をなさなかったが、
そこはまぁ、5,000歩譲って、まぁ、よし、として・・・。くそっ。

こちらはカウンターパートに訳してもらったスワヒリ語バージョン
まずは任地でコツコツ貼っている。

目標は1時間で100枚。

売り子の皆さんは最高の協力者
みんな喜んで貼ってくれます。
出来たら一緒にコンドームも売ってほしいくらい。




ここも結構目立つとのこと

この男性はHIVテスト結果を常に財布に入れているのだとか。
一体、いつ使うのでしょう・・・。プレイボーイ?
この日一番手伝ってくれたコンダクター。
超特別にこの人のマタツを『レッドリボンズキンちゃん号』仕様にしてあげました。
本人は正確にいうことは出来ませんが、
これは正真正銘の『レッドリボンズキンちゃん号』です。
ということで、ここ数日とにかく激疲れて帰宅-停電-即寝-やたら早起き(4時半-5時)。

そう、何といっても明日は『世界エイズデー』。

結局その後会議が開かれなかったナイバシャのイベントは、ちゃんとあるにはあるらしいが、
そっちはエスタとユースメンバーにお任せすることにした。

エイズ国家プロジェクト主催のイベントがケニア第3の都市キスムで開催されるということで今頃私は6時間の移動中。その後、同期隊員の開催する週末イベントに向かう予定。

なんとコンドーム星からやってきた「ミスターサフィー君」がプロジェクトの皆さんに大好評だったとかで。
追加注文が10体入ったとの嬉しいニュースも飛び込んで・・・。(誰が入るんだろう・・・。)

「うっとーしさNO.1!」と呼び声の高いキスムマタツステージにて
仲間と共にステッカー1000枚貼りしてきます。


2011年11月30日水曜日

エイズを通して、何を伝えるか。

HIV/AIDSといっても、数ある病気の中のただひとつの病気に過ぎない。
授業の中でHIV/ AIDSの正しい知識を教えることが最終目標ではない。
大事なのはHIV/ADISの正しい知識を通して、どのように自分の人生をとらえるか。
自分の人生を考えていく手段のひとつとして、HIV/AIDSに触れること。

教育とは教室の中で完結するものではなく、教室の外でこそ活きていくものにしたい。

大事なのは、「エイズ教育を通して、何を伝えるか。」


ケニアでも日本でも、生徒の前に立つと、そんなことを変わらず思う。

先週までの2週間でナイバシャ内の8校の学校にHIV/AIDSの授業に行った。
その間に授業を通して出会った生徒数は約1000名。

以下は、その授業の一部。

生徒たちに自分の人生計画表を作成してもらう。

見たこともないだろう「Nintendoスーパーマリオ」の
ジャンパーを着こなしているひょうきんな彼。
「何歳まで生きたいかな?何歳まで生きられるかな?」
「子供は何人欲しいかな?」
「いくつで結婚しようかな?」
「どんな職に就こうかな?」
「どこの大学に入ろうかな?」

「129歳まで生きたい。」
「2人の女性と結婚し、20人の子供を産ませる。
そして75歳で3人目の妻をみつける。」
「26歳になったらセックスして子供作る。」
「相手の男性は自分より2歳上までとする。」
「パイロットになる。」
「ジョモケニヤッタ大学に入学する。」

生徒たちはそれぞれの人生計画を具体的な年齢と共に自由に紙に記入していく。

記入が終わったら、“自分が結婚する年齢”をマル◎で囲んでもらう。

24歳、27歳、30歳、35歳、40歳、・・・と、もちろんこれも様々。

『ハイ、ここでみんなに質問があります。
 あなたはその年齢まで禁欲できるって断言していますが、
 実際できますか?』

そう質問すると、今まで無心に言い放ってきた「結婚までは絶対禁欲」という言葉が一気に色づく。

その言葉と自分が書いた具体的な年齢が結びつくことで、一気に自分の現実問題となる。

コントロールが難しい性欲や性行動が自分の人生にも存在するものなんだ、と認識する瞬間。
と、なるかどうかの分かれ目。

「さて、私はみんながよく知っているナイバシャ県病院で働いています。

その病院にあるVCT(HIV検査)ルームで、私は今まで何人ものHIV検査に立ち会ってきました。

そこでは自分がHIV陽性と知った人々の何人かが“神さま・・・”とつぶやいて、涙を流していました。
 
 “なんで私が??”
 “自分だけは、大丈夫だと思ってた。”
 
 “どこで感染したんだろう?”
 “コンドームをつければよかった。”
 “もっと早くに検査すればよかった。” 

って、きっと感じてると思います。

でも、その人たちもみんなと同じくHIV教育を受けてきた人たちです。

“禁欲こそ最大の予防”だということをちゃんと知っている人たちです。」

「さぁ、自分の人生計画、もう一度見てみよう。

あなたは、どんな風に生きたいんだろう。

結婚だって出産だって、みんなバラバラ。

そして、結婚や出産でさえ自分がしたくないっておもえば、しなくてもいいんだよ。

それほどみんなの人生は自由なんです。あなたの人生だから、あなたが決めていいんです。


それと同じく、HIV感染を予防することも、しないことも、あなた自身で選べるんです。

だって、それもあなたの人生だからね。

禁欲で終わらせない。その先を、ちゃんと考える

恋に落ちてどうしても欲求が抑えられなくなったときには、

コンドームというアイテムを使う選択肢も、ちゃんと持っておいてください。」

その後には、現在31歳である私のバラ色(?)の人生計画ももちろん披露する。


“ 私は今31歳です。自分の目標だった教師になって、ボランティアになって、ケニアに来て、
今も計画通りに独身で、毎日をとても楽しく送っています。

そして、私もいずれは結婚して子供も産んでみたいなぁって思っています。
でも、これからも自分の理想を実現するには相手がいることなので、
・・・・・かなりの努力が必要だということだけは自覚しています。”

こう話すとケニアの生徒たちは一斉に笑う。たぶん、日本の生徒たちの場合はとても気を遣う。

伝えたいのは、目の前にいるムズング(白人)が、自分と同じ生身の人間であること、

そして、自分で決めてケニアにまで来て自分のやりたいこととして

今日ここに来ているんだ、ということを生徒たちに印象付けたい。


良くも悪くも、自分の人生を生きている1人の人間のモデルとして、元気に伝える。

そういって引き続き、好きなことを披露している画
語弊のある言い方かもしれないが、普段の活動に比べると教室という場所は対象がハッキリしていて、
聞いてくれる人が最初からそこにいてくれるという点ではとても楽である。
関心のある生徒からも無関心の生徒からも、その場で反応がすぐ得られることが大きな刺激となる。

そして、その対象がまだ性行動の確立していない子供たちであり、
ケニアの未来を担っていく存在であると意識した時、
自分の発する言葉に一層の責任感が生まれ、それがまた自分を奮い立たせる。
自分の中に大きな力が湧く。


今回嬉しかったのは、年度末ということもあり(年度末大忙しの日本とは違って)、
自由な時間を持て余す多くの先生方がこの授業を見学に来てくれたこと。
常に2~4名の先生が見学し、サポートにも入ってくれた。


















お昼をご馳走になることもしばしば。
そして複数の先生が授業後に、

「彼らに人生を考える貴重な機会を作ってくれてありがとう。
学校を出た後のことなんて普段聞くこともなかったから。」

「人生の全体像から、エイズのことや未来を考えるという手法は
とても新しく素晴らしいものだった。」

「彼らが生きたいと思う年齢まで夢を実現させながら生きるには
どうすればいいのか、僕も考えさせられた。」

と、わざわざ感想を言いにきてくれた。
これは本当に嬉しかった。

そういった観点で授業をみてくれたことと、そういった先生方に出会えたことにも感謝したい。

そしてまた、こういった先生たちの紹介で、次のタームにも訪問する学校が決まった。
それが本当に活動のラストスパートとなりそうだ。


そしてまた、新たに加わった課題についてはまた別の機会に書きたい。